東京都荒川区の木造住宅密集地に位置する木造3階建の住宅です。敷地面積約60m2の狭小敷地に、小さいながらも居心地の良く過ごすことができる居場所を各所に点在させた住宅となっています。
敷地は建主さんの祖父母から引き継がれた土地で、近隣にご両親、親戚も住まわれています。近隣の方々との付き合いも古く、プライバシーを守りつつも周辺環境に対して閉じない適度な距離感をどのように空間化するのかを探りながら計画を進めていきました。
隣が建主さんのご実家で、既存住宅は実家の”母屋”と”はなれ”という関係だったこともあり、母屋とはなれの隙間の空間は自然発生的に生まれていた中庭のような使われ方をしていました。建替えの計画においても母屋との間の関係性を引き継いだ中庭を設け、1階のダイニングキッチンはこの中庭に開かれ、外の自然を感じることができる空間構成となっています。
また既存建物の解体の時に発生した木材を古材として再利用する試みとして、木材を”柿割”して、外壁に葺く”柿葺”に挑戦し、建主さんの積極的な参加によって実現しました。
建替えにより風景は新しくなりましたが、暮らしや営みの記憶を緩やかに引き継いだ住まいとなりました。





<家づくりのきっかけ・施主の要望>
[家づくりのはじまり]
家づくりの始まりは、実家に隣接するご両親が所有している土地を引き継ぐのかどうかという話からでした。ご相談いただいた当初はマンションを所有して住まわれていましたが、祖父母の代からの土地を他者に引き渡すのではなく引き継ぎたいという強い意志があり、建て替えの検討を始められました。他の設計事務所もご検討されたそうですが、インクアーキテクツの進め方のひとつでもある未条件(顕在化していない要望や条件)を引き出すプログラムや、これまでの事例に共感していただき依頼していただくことになりました。
[LDKの未条件]
ご相談いただいた当初は間取りの要望として2階にLDKを設けたいということでした。2階の方が日当たりが良いからという理由でしたが、ご要望の真意を把握することや、そもそも日当たりの良いLDKがお施主様にとってどういった意味を持っているのか、ご要望の本当の意味を探るために「ケーススタディ」と呼んでいるワークショップを行いました。LDKを2階に設けたパターンの他に、LDKを1階に設けたパターン、LDKを3階に設けたパターン、LDKを1階と2階に分けるパターン、その他吹抜けの有る無しなど、ご要望や与条件をいったん切り離して「例えば○○の場合」という風にプランを並べ、それぞれのプランで1日、1週間、一年の生活シーンをイメージしながら話し合いました。
ワークショップを通して、ご夫婦と子どもたちとの在宅時間のズレをどうするかということが計画する上での一つの課題となるというフィードバックを得ました。ご主人はお仕事の都合で夕方から不在、奥様は日勤と夜勤とがあり、時には夫婦で夕方以降に不在になることもあり、その場合はご両親に来てもらい子どもの面倒を見てもらうということでした。そうすると実は「両親にいつでも気軽に来てもらえる家」も大事なテーマなのではないか、ご両親はご高齢なため1階にリビングやダイニングのある間取りパターンも可能性があるのではないかということが話し合われました。
[建主さんが大切にされていること]
「ケーススタディ」と呼んでいるワークショップでは、計画内容について話し合われますが、その背景にあるものを知ることができる機会でもあります。隣のご実家での思い出や、建て替える既存建物にはご主人自信やその従兄弟達も住んだことがあると言うエピソードなど、この場所を引き継ぎたいと言うお考えの中に近くに住むご両親や親戚、友人も大切にされていることをワークショップを通じて窺い知ることができました。





<事例の進み方>
ご相談いただいた時には建主さんもたくさん住まいのイメージを持たれていました。
そのイメージを正確に捉えるために、また潜在的な要望を捉えるためにも、具体的な設計に取り組む前に”調査・企画”を行いました。ここでは建築する上で必要な基本的な情報の調査の他に、”現在の暮らし調査”と呼んでいる現在の住まいを実測して建主さんの今の生活空間のスケール感を数値化して共有したりフィールドワークやケーススタディと呼んでいるワークショップを行いながら、建主さんの取り巻く環境や価値観を捉える工夫をしました。その上でどのような住まいにしたいかをまとめた「基本プラン」を作成し、これに基づいて具体的な設計を進めていきました。
”調査・企画”は建主さんと設計者の私たちとの”共通言語”をつくる過程でもあり、この共通言語によってより密度の高い打合せを行うことができました。途中からコロナの影響でオンラインで打合せすることになりましたが、調査・企画で共有したことがとても役に立ちました。
[計画の進み方]
建主さんの要望:「2階の明るいLDK」
↓
ケーススタディ#1
「1階をDKとした方が良いという方針」
↓
1階のDKは2方向に接道する角地のためプライバシーを考えると閉鎖的になるのが課題
↓
ケーススタディ#2
「隣の実家の敷地と合わせた中庭のような屋外空間をつくる」
↓
「プライバシーを保ちつつも中庭に開かれた自然を感じられる開放的なDK」
<この事例の見どころや工夫したところ>

[隣家の実家の配置を取り込んだ中庭のような屋外空間]
“ケーススタディ”を通して、3階建のボリュームのうち1階をダイニングキッチンという可能性を探って行く方針になりました。しかし「明るいLDK」というご希望も重要です。敷地は角地で2方向に接道しており、1階は道路に対して開くとプライバシーが課題となるため閉鎖的になる傾向があります。また60m2という狭小敷地にさらに駐車スペースも必要なためスペースは限られています。プライバシーを確保しつつも閉鎖的にならないようにするために屋外空間を上手く取り込めないか可能性を探りました。
そこでケーススタディの時の雑談がヒントになりました。ご主人の祖父母がご存命だった頃、実家の”母屋”と建替え前の既存建物の”はなれ”との間で家具などの木工作業をされていたというエピソードがありました。この母屋とはなれの間の空間はその後も子どもたちの遊び場にもなっていたようで、子どもの頃から家と家の間のような囲まれた屋外空間の心地よさを体感されていたようです。建て替える新築でもこのような空間を引き継ぐと良いのではないかということで、実家の敷地も合わせた屋外空間を計画しました。そうすることでひとまとまりの囲まれた中庭のような屋外空間を確保でき、この屋外空間とダイニングキッチンを接続して開口部を設けることで、角地の1階でありながらも閉鎖的にならず、プライバシーを保ちつつも自然を感じられる開放的な空間となりました。





[居心地の良い居場所を点在させた空間構成]
リビングとダイニングが1階と2階に分かれても良いかどうかを議論した際に「そもそもリビングって何?」という話し合いをしました。リビングとは「食事をする場所とは別にくつろぐスペース」と説明されますが、それが1つの部屋になっている必要はなく、ダイニングと連続している必要もありません。「そうしたら家中がリビング的な空間になっていると良いね。」という視点が生まれました。室としてのリビングだけでなく階段の下や洗面所など、家中のあらゆる場所がくつろぐことができる居場所となっています。







[建て替え前の建屋の木材を利用した”柿(こけら)葺”の外壁」
外壁の一部に、建て替え前の建屋の木材を利用した”柿(こけら)”を葺きました。柿板をつくるところから、外壁に葺く作業も建主さんと一緒に作りました。
建て替え前の既存建物は祖父母が建て、建主さんの家族や親戚が住まわれていたことなど、とても思い出深い建物でした。新しい住まいにも何らかの形で引き継ぐことができたら素敵だなという話題からのアイデアでした。この柿葺の外壁が、昔の記憶や建主ご自身で作られた思い出とともに引き継がれ、愛着のあるお家の要素になればと思っています。
<施主の感想>
建主さんからコメントをいただきました。
「限られた土地に建つ狭小住宅ではあるものの、随所にこだわりが見られる非常に満足できる家になりました。
特筆すべきは、思い出のある古材を再利用した外壁の柿葺き(こけらぶき)です。ガルバリウムとのコントラストが美しく、面白い!
最初の打合せの段階からこちらの要望をしっかり受け止めて頂き、納得行くまで根気強く様々なアイデアを提案してもらいました。
家族構成、生活スタイルを考慮した、居場所が沢山ある暮らしやすく楽しい家です。」
建主さんが家づくりを楽しまれたことや、自慢のお住まいにであることが伝わってきました。ご自宅の内覧もいつでもご協力いただいており、お伺いするたびに素敵に住みこなされいて、写真でどこを切り取っても風景になるようでした。

[解体式]
建て替え前の既存建物は祖父母が建てたお家でもあり、建主さん家族や親戚も住んだことのあるお家でもありました。建屋を解体する前に、ご両親や親戚が集まって、「解体式」を行いました。解体式では食事をしながら解体するこの家での思い出話や、これから建てる家の計画をプロジェクターで投影しながら説明しました。子どもたちには公認で思いっきり落書きをしてもらったり、最後には建主さんご夫婦による柱に鋸をいれる解体セレモニーを行ったりと、一つの思い出になりました。そこに工務店さんやファイナンスと土地の不動産的な調整を担当していただいた方にも出席していただき、解体式がさながら結団式のようなイベントになりました。
